雨(3) 闇に降る雨 | いい小説とは?|盗作日記

雨(3) 闇に降る雨

 目を開けても、そこには相変わらず雨降りの光景しかなかった。約束の時間はとうに過ぎていた。バスも電車も、車庫で眠る時間だった。彼はタクシーを止め、ホテルに向かう。行き先を告げると、車は不機嫌そうに走り出した。

 車内は雨の匂いがした。彼は雨が嫌いではなかった。梅雨時の闇に降る雨は何とも美しい。それが見えないだけに、余計美しく見える。ただ、雨の降る夜は、何もかもを不安に見せる。たとえそれが、待ちわびた再会だったとしても。

「ヒデユキ?」

 そう尋ねたかつての恋人は、相変わらず美しかった。けれど、会えない時に思い描いた彼女の美しさには遠く及ばなかった。

 闇に降る雨は、見えないが故に美しい。そして、その雨は冷たい。あれほど待ちわびた相手なのに、いざ会うとなると彼は不安を覚えずにはいられなかった。彼は彼女の問いには答えずに逃げ出した。恋に憧れ、その一方で恐れもする高校生のような行動だった。高校生と彼が違うところは、彼が恋を知っているということ。恋を知っているが故に、彼は恋の蘇生を恐れた。この機会を逃せば、もう彼女に会う口実は生まれないというのに。闇に降る雨の冷たさを、直に感じたわけでもないのに。

 彼はタクシーの中で、雨を見詰める。

「よく降りますね」

 運転手の言葉が車内を漂い、消えていった。けれど彼女との思い出は、未だ消えずにここにある。

 あの日、二人は出会ってしまった。それ故、二人は別れた。出会いと別れの間にいる時、二人は確かに恋人だったのに。

つづく